wakudeki

感想の練習

あるべき未来へ還すための失われる物語 - 聖闘士星矢 THE LOST CANVAS 冥王神話・シオン外伝一巻

本編、シオン外伝一巻までのネタバレを含みます。

LCの紹介、宣伝のための記事でもあるのでLCや、星矢自体を知らない方にも読んでいただけたら嬉しいです。

(私自身星矢、LCともに初心者であるので間違いがあったらコメントなどでご指摘ください)

 

聖闘士星矢 THE LOST CANVAS 冥王神話」とは

車田正美による往年のWJ人気作「聖闘士星矢」(以下原作)、その人気は連載終了から二十五年が経過した今尚衰えることなく、近年も続編、新作アニメ、新作映画、スピンオフ作品、フィギュアなどが製作、発売され続けている。

本作「聖闘士星矢 THE LOST CANVAS 冥王神話」(以下LC)は手代木史織が手がける公式スピンオフ漫画のひとつ。

原作中最後のエピソードである『女神アテナ率いる聖域』対 『ハーデス率いる冥王軍』による聖戦。この戦いはアテナの施す冥王ハーデスの封印が約250年で解けてしまうことから、ハーデスの復活の度に繰り返されている。原作のラストでハーデスは倒されるのだが、LCは原作のひとつ前の戦いを描いたものである。つまるところの「Fate/staynight」にとっての「Fate/Zero」である。

しかし

話はそこでは終わらない。御大こと原作者である車田正美本人もまた、原作の正当続編であり、LCと同じく前聖戦を舞台とした「聖闘士星矢 NEXT DIMENSION 冥王神話(以下ND)を不定期連載しているのである。な、なんだって~

 

歴史が古くファンの多い作品で、原作者と同じ題材を扱った作品を同時期に執筆することは作者にとってどれほどの重圧であったか想像に難くない。批判も多いことだろう。

そうした形態となった外的な理由は車田先生が度々違う漫画を描くのでNDが休みがちに ひとまず置いておくとして、「NDが存在する上でのLCとはなんなのか」を考察・紹介したい。

(当然のようにこれは一読者である私個人の考えであり、正解ではない)

 

LCとは「時の神・カイロスが聖戦へと介入したif作品である」

結論から入りました。

原作ラスト、星矢はアテナを庇いハーデスの剣に胸を貫かれる。仲間らの助力とアテナの愛の力によってハーデスは討ち滅ぼされ、物語は終わりを迎えるが、その間星矢の意識が戻ることはなく、安否や生死についても言及されることはない。

NDではこの傷の呪いによって残り三日の命となった星矢を救うべく、時の神クロノスの助力を得、アテナらは前聖戦の時代へとタイムトラベルをすることとなる。

 

一方、LCではクロノスの弟神でありながら神の力を奪われ人の身へと落とされ、神話上からも存在を抹消された時の神カイロスが、神に戻るためハーデスと手を組んだことから大きく聖戦が掻き回される。

作中では明言されていないが、カイロスがそれを思いついたのはNDにおいてクロノスがアテナへ助力したことを知ってと考えられる。つまりNDありきでLCは存在しているのである。

まとめるとこう

f:id:wakudeki:20150608083818p:plain

便宜上正史、分史としたがND、LCでは前聖戦におけるペガサス座であるテンマ、ハーデスの器に選ばれた少年アローンなどの一部の人物を除き登場人物は異なり、また共通している人物も生い立ちや性格等に異なる点もあるので、異なる世界線とするのが妥当だろう。

カイロスの飛んだ過去がなぜ正史でなかったのかは、うまい答えが出ていないのでどなたかよい解釈や妄想があったらお聞かせください。私自身は今のところカイロスの神としての力が完全でなかったので、NDとは異なる過去、平行世界の過去のひとつへと飛んでしまったのではと考えている。

 

カイロスは自らが神に戻るべく画策すると共に、前聖戦の生き残りであり、聖戦の後には聖域を統べる教皇となるシオンを亡き者にしようとする。シオンの作る聖域で、将来ハーデスを屠る星矢という人間が育成されるからである。

カイロスの介入によって原作とは異なる未来へと向かいかけていた分史世界線であるのだが、聖闘士らの活躍によってカイロスは封印され、ハーデスも封印され、シオンは教皇となり、世界は無事星矢が生まれ、ハーデスを斃す原作通りの未来へと繋がるのであった。これがLC全体のざっくりとした流れである。

そうして彼らが掴み取った未来であるが、原作での聖戦ののちにアテナらが訪れて見る前聖戦はNDである。彼らがNDの過去を観測した時点で、正史はNDとなり、LCの過去は存在しなかったこととなる。

 

つまるところ、LCとはNDの発生によって生じた世界線のひとつでありながら、ねじまげられかけた未来をあるべき未来へと還したために、失われる世界の物語なのである。

 

 

 

(少しだけ宣伝としての余談)

上記の構造に燃えた方はぜひ星矢原作並びにLCをどうぞよろしくお願いいたします。

原作は文庫版で15巻、LCは本編が単行本で25巻、黄金聖闘士それぞれに焦点を当てた基本一冊完結の外伝が全14巻(15年6月8日時点で13巻まで発売中)(シオン外伝で終わらなかったので全何巻かは不明になりました)、本編の12巻あたりまでの内容はOVAでアニメ化済み。OVAは漫画からの補足も多く、丁寧に作られている。テンポは死んでいるが作画は綺麗で声優も大変乙女ゲー 豪華である。

LC本編が長いなあという方はとりあえず適当な外伝どれかから手を出してみるというのもあり。個人的には魚座アルバフィカの一巻、蠍座カルディアの二巻あたりがおすすめ。一部本編後の話の人もいるので、本編のネタバレは避けたい方はご注意。

他にもLCは設定や展開、シチュエーションにおける原作オマージュが非常に多い。

例えば「弟がポセイドンを復活させようと目論む」「乙女座が一輝・輝火(明言されていないが輝火は一輝の前世という設定)に喝を入れる」「一輝・輝火が黄金に『おまえは悪ではない』と言われる」などと言ったものから、「反意を持って教皇の元へ向かったら乙女座が待機していた」「基本的にどんな任務にも黄金は一人ずつしか出さないのに聖闘士(原作では青銅、LCでは暗黒)相手となると二人出そうとする」のような細かい部分まで、オマージュが多々組み込まれている。あまりに多いのでオマージュまとめがほしい。すごくほしい。

(宣伝終わり)

 

 

 

 

以下は先ほどの構造を踏まえたシオン外伝一巻の感想です。

至るはずだった未来より訪れた者

新キャラ牡羊座のアヴニールさん、えらい設定すぎませんか……興奮しかないんですけど!?!?!??!?

アヴニールはカイロスの介入によって至るはずだった未来から訪れた人間でした。

つまり先ほどの画像をまとめ直すとこう!

f:id:wakudeki:20150608083828p:plain

 

  1. (ND)アテナがクロノスの助力を得る
  2. カイロス、ハーデスと手を組む。(自分は神へ戻るべく、ついでにハーデスを殺す鍵となる星矢が育成される聖域を作り上げるシオンが教皇とならぬよう画策を始める)
  3. カイロスの介入の通り星矢の生まれなかった世界の未来での聖戦で、聖域は敗北。人類は滅亡する。
  4. クロノス、生き残りである牡羊座のアヴニール(やユーゴ)を過去(前々聖戦)へと飛ばす。(アヴニールは前々聖戦を戦い抜いて死亡)
  5. 牡羊座聖衣が持つアヴニールの記憶の中の滅びる未来を見たシオン(原作の未来へと繋がる鍵)が牡羊座黄金聖闘士となる。
  6. (LC本編)カイロス、ハーデスは封印され、シオンは教皇となる。
  7. 原作通り現代の聖戦でハーデスが斃れアテナはクロノスから助力を得るが、カイロスがハーデスと手を組むことはない。

7については定かでないが、現在本誌でカイロスと戦っているようなので14巻で明らかになるのではと思われる。

 (12/9 外伝二巻が発売されたので追記:カイロスはアテナの盾によって浄化され、事実上死亡・抹消されたようなのでやはり7は起こらない。星矢世界において神を斃せるのは神のみである。熱い)

 

 

至るはずだった滅びの道を辿らずに、原作へ至る希望の道を切り開いたLCの物語はやはりとても美しい。例え分史のひとつとして、NDという正史の陰に消えたとしても、作中の軸を離れた読者にとっては消えることのない、確かに存在した歴史のひとつとして残る。

前半の考察は以前よりしていたのだが、カイロスの介入によって至るはずだった未来(アヴニールの時代)が実際に描かれたことで、LC本編の人々が新たな未来を掴んだことがより輝かしく映るのではないだろうか。恐らく好みは分かれるだろうが、シオンが徹底して「原作の未来へと繫がる鍵」として描かれていることも物語の構造的に美しい。

LCの人々が繋いだ未来(原作の世界)で、アヴニールは牡羊座黄金聖闘士にはならない。そもそも生まれているのかもわからないが、存知の通り原作の牡羊座はムウである。

シオンは己の弟子としたムウに牡羊座の聖衣を与えたときになって、やっと、自身がかつて見たアヴニールの記憶とは決定的に異なる、新らしい未来へと辿り着いたことを知るのかもしれない。

 

 

 

 

 

追記(6/13):人間は神の前であまりにも小さい。そうした摂理についてもLCはとてもシビアであるように感じる。私は「絶対的な存在としての神」というのが大好きなので、そういう意味でもLCにおける人々の神との向き合い方は好きだ。

未来を切り開いたのは確かに人間たちの力によるのだけれど、結局のところ、すべてはクロノスの筋書きの通りなのである。