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wakudeki

感想の練習

「女子BL」・夢小説と女子BL、そしてBLというものについて

漫画
女子BL (シトロンアンソロジー)

女子BL (シトロンアンソロジー)

 

 

 前々から気になっていた女子BLがKindle化していたので買いました。

 まずはじめに「女子BLとはなんぞや?」

 公式サイト(http://citronweb.net/theme_a/joshi_bl.html)から引用すると、

女子が主人公、女子視点のBLアンソロジー

「わたしが感じることができないときめきを見た」(アオリ文)

 時折、BLに登場する憎めない愛すべき女子たちがいます。
傍観者だったり良き理解者だったり恋敵だったり…。
このアンソロジーはそんな女子たちによる女子視点で綴られます。
女子の感情と瞳を通して、痛いほど伝わるボーイズラブ
ストーリーテラー達による新たな萌えの世界。

 BLのカップルを見ている女の子の話ということですね。

 

 私は夢小説をしているので、この本が発売されたとき、Twitterのタイムラインでは「夢漫画がでたぞ!」と一部で話題となっていました。

 というわけで、

 

夢小説とは?

 ドリーム小説ドリー夢小説とも。「ヒロインの名前を変換することが可能であり、キャラクターと自分との恋愛を楽しむことができる小説」というのが原義ですが、こと二次創作夢小説においては、「名前変換の可能なオリジナルキャラクターが挿入された小説」*1という側面が強いです。

 夢小説はキャラクターとオリジナルキャラクター(夢における主人公、以下夢主と表記します)の恋愛ストーリーが多数を占め、原義の通りに挿入したオリジナルキャラクターを自分や読者だと想定して作られているものも多数存在しますし、夢主を自分だと考えて読む方も存在します。そして夢主は自分ではなく、一人のオリジナルキャラクターだと捕らえて読む方も存在します。つまり読み方は完全に自由であるわけです。

 

 それでは、夢小説とオリキャラ小説、あるいはモブ小説とはなにが違うのだろうか?

 この問題は難しく、正確な答えは存在しないと私自身は考えています。なぜならそれぞれ考え方、夢小説の捕らえ方は異なるからです。ここでは私自身の考えを記します。夢小説とは、夢主を読み手自身、或いはそれぞれの想定し得る誰かであるものとして読むことが可能な小説です。

 つまり夢主を自分だと思ってもいいし、思わなくてもいい。自分でなくても、夢をする人にはそれぞれ「自分の中の理想の夢主」という漠然としたイメージ的存在を作り出す人もいるのですが、夢主がそういう理想の夢主であるものとして読むこともできます。(そのイメージ的存在の名前で夢主を名前変換して読む)

 夢小説とは、自由さの表明であると私は捉えています。

 

 夢主、夢小説についてはこちらのエントリも興味深いのでどうぞ。いわゆる「夢あるある」ネタについてつっこんでいます。ざっくばらんに説明すると、「夢小説というある程度型の存在するジャンルにおいての『夢主』という特別な存在」は、「ミステリという型における『名探偵』という特別な存在」と構図が似ているというような話です。

gurudoku.hateblo.jp

 

 夢小説がなんであるか、つっこみ始めるときりがないのでこの辺りにします。女子BLについての感想を書くにおいて、私の考える夢小説というものをある程度共有していないと意味不明なものとなりそうだったので、一通りだけ説明させていただきました。

 傍観夢とは夢小説の一ジャンルで、夢主がCPを傍観している夢です。(まったく違う意味もありますが今回はカットします) そんなわけで女子BLは夢小説であるという前提ができました。(※小説じゃないじゃんというのは……そうだね…… 夢とだけ呼ぶと寝て見ているときの夢と区別しづらくて不便なんです。ちなみに夢漫画も存在します)

 

 

やっと感想に入ります

 以下はそれぞれウオーと思ったものについての感想です。完全完璧にネタバレを含むので読み終わってからお願いします。

 ひとつ恐らく作品に共通してある(私にとっての)前提。メタ的に言うなれば、作品内にでてくるBLCPの二人についての物語が原作として存在するとして、女子BLで描かれるストーリーはBLCP二人の関係者を主人公にしたスピンオフ、あるいはその近くにいた女視点による夢小説、モブであるならばモブ小説であると考えています。

 

「少女C」秀良子

 めっちゃメタ!!!!!!!!!!!!!!!!! 最高!!!!!!!!!!!

 

 主人公はクラスの天使のような美少年、小泉くんのとりまきの女の子、C子です。

 このモブ感が最高ですね。アオリ文、「特別じゃないわたしの特別なおとこのこ」、最高ですね。C子はこの短編漫画においては主人公ですが、この世界においての主人公は、特別な男の子である小泉くんと、彼とどうこうなる柏原の二人です。彼女の存在の世界においての瑣末さ、モブさが「名前がない(描かれない)」ということによって表現されています。最高。

 彼女はいつもと様子の違う、おそらくは素の性格を見せた小泉くんと、柏原のやりとりを目撃してしまいます。そのやりとりはその世界、二人(小泉くんと柏原)の世界におけるひとつの事件です。

 そしてこれは彼女の物語においても事件です。可愛く天真爛漫な男の子だと信じきっていた小泉くんが、男をかどわかす腹黒悪魔であったからです。こういう勝手な信仰と勝手な期待が裏切られるストーリーというのはすごく好きですし熱いです。

 

 しかし話はここでは終わらない! 小泉くんはC子が自分たちの様子を見ていたことに気がついていました。小泉くんは彼女の元へ行き、彼女の名前(中森さん)を呼び、そしていつもと変わらぬ天真爛漫な様子で、さっき見たことは秘密にしてほしいと言います。

 このとき小泉くんが彼女の名を呼ぶことによって決定的に、彼女は二人の世界において、特別ではない存在、しがないモブの一人でしかないC子から、キャラクターの一人である中森さんとなるのです。熱い! メタ!

 

 つまり言うなればこれはモブ小説から夢小説への変化する物語です。熱い!

 これは私の考えですが、「中森さん」のような存在が夢主の特性なのではないかなあと私は思っています。モブ夢主というものもいるので、無論前者「C子」のような夢主もあるのですが。でも多くの夢主はキャラクターに介入するし、介入する力を持っているので「C子」よりは断然「中森さん」です。

 夢主は当然原作に登場しませんが、「中森さん」のようにキャラクターから存在を認められ、そのうちへの介入をした、することができる存在であることが多いです。まあできない夢主もいるし私はそういう夢ばっかり書くんだけどね! それにしてものっけから熱すぎるぞ!?

 

 

ストックホルム」糸井のぞ

 すごく夢小説っぽい。しかもこれはちょっと複数夢主っぽい。つまり誘拐犯の男が原作キャラで、女の子と先生はどっちも夢主みたいな。(男の夢主や夢主とキャラのBLの夢小説もあります) いやでも先生は既存キャラでもいい。

 すげえ話だ!?!?!? めちゃめちゃ熱いぞ!?!?!?!?!?

 男二人と女一人の三角関係ってすごく好きなんですよ。男二人の間に矢印があるなり二人が親密だと尚よい。でも男二人が本気でいがみあって女一人を取り合う三角関係は(男女が逆でも)苦手です。

 もうこれ夢としてみたいな説明しなくても普通に設定もストーリーも最高すぎるのでなにも言うことがないな!?

 

 余談。夢小説には救済夢というジャンルがあります。これは言葉通り原作キャラクターを救済する夢です。一般的には原作において死ぬキャラクターが死なないようにするというストーリーがほとんどですが、キャラクターの救済の方法、救うものはさまざまです。救済とは非常に傲慢な言葉なのですが、二次創作が得てして書き手の思う・望む救済の物語となることは極めて自然な話です。それがエゴでもよいのです。それこそが二次創作なのだから。

 というわけで、夢主とはキャラクターを救う存在であることが多いです。余談おわり。

 

 本当に最高すぎて言うことがない……あまり夢とは関係なく普通に熱すぎるぞ!? という感想になってしまう…… まずなつみに惚れた男がなつみを誘拐する。しかしなつみは男のことをなにも知らない。昔電車で席を譲っただけで覚えてもいない。この断絶感がまず最高。誘拐したけど男は体目当てなどではなく、本当にただ世話するだけというのも最高だし、「世話したい」と言いながら、したいのは施すその瞬間だけで、作業のすべては木多川に任せているのも熱い。自分を愛している木多川をこき使うため、どうでもいいと思いながらセックスをさせているという木多川と男の関係も熱い。そんな二人の情事をキモいと思いながらも覗き続けている彼女はなんなんだよ!? 腐女子か!? まあでも見れたら様子を窺ってしまうよね。

 木多川はなつみの通った学校の教師ですが、彼が男を愛したのもまた男がなつみを愛したように一方的かつ勝手なもので、誰にも気づかれず、ただじっとなつみを見つめる目が良かったからという理由なのも熱いです。

 誘拐されるまで彼女を取り巻いていたものも熱いですね。結果的に表れているのは特別かわいくもなれないが、せめて醜くはなりたくないという強迫観念であるのもいい。そして男は苦しむなつみに易々と「どこもぜーんぶかわいい」と言う。

 木多川がなつみを逃がすところからの顛末はもう本当に全部最高以外に言うことがない。なつみは男が木多川とセックスしてたこと知ってるし見てたし気持ち悪いと思っているよ、そういう目で見てただろ? とセックスしながら木多川に言われて、なつみに気持ち悪いと思われてた、気持ち悪いという目で見られていたと絶望して、感じながら泣く男最高すぎます。泣き顔感じ顔絶望顔、の世界三大かわいい顔が同時に満たされるまさに最高の瞬間。最高。

 木多川に解放されて逃げたものの、もう帰る場所なんてないんだ、と絶望したなつみが二人の元に戻り、抱き合って眠る二人を見てちょっとだけ笑って、逃亡のために渡されたお金で食材を買い、三人の朝食を作る終わりというのもいい。とにかくいい。それでもタイトルはストックホルム*2であるのもいい。

 いやもうとにかく最高だわ。最高。

 

 

「神の道徳論的証明」ふみふみこ

 こちらはまた「少女C」系。特別な存在であり完璧、クラスの王子様である早坂学と、クラスでも地味な田辺みのり。田辺みのりの存在だけ、等身が低くデフォルメされているのが特徴的です。この描き方は極めて女子BL的であり、ある意味原義の夢小説的でもあると感じました。つまり「BLCPやその当事者であるキャラクターに介入する自分というアバター」みたいな感じです。もうこれ夢小説類についての話全編そうなんだけど、同じような考え方が前提にある人じゃないとわかりにくい表現になってしまって本当にすみません。

 すごく夢小説的であり、かなり、こう、二次元キャラに対する三次元のオタク(冷静め)みたいな……!? 好きなキャラクターについて、あ~実際にいたらこんなことやこんなことがしたいのに! って思うことって様々ありえるわけで、でも大概はそれをするには親しくなければならない、その人が実在したとして親しくなれるのか!? なれないと思う! みたいな葛藤があって、そこで「まあなれるよ」と易々飛び越えるものもあれば「なれないよ」と叩きつけるものもある。これはその中間だと思います。

 すごい これ 王道女子BLだと思います。推しCPの手助けをしたいと思う腐女子の王道だと思います。すごい……すごいぞ……このアンソロすごいぞ……!?

 みのりの口調がまた適度だなあと思います。いわゆる物語的な女の子のものではなく、でもすごい 絶妙にリアルな女オタクの口調じゃないですか!? これすごい女子BLだし、傍観夢だと思います。かなり自己投影もしやすい形になっていてすばらしいと思います。

 二回目ですが、みのりの描写がデフォルメされているのがさらにそれを助けていますね。なんとなくですが、みのりがきれいな少女に描かれていたら自己投影しづらいと感じる方は多いのではないでしょうか? かと言って全力で不細工だぜ! という感じに描かれていても、なんというか、いろいろつらい。そのへんをふわっとさせるとてもよい手段であったと感じます。

 「早坂くんになりたかった」という描写など、自己投影用の空っぽなアバターには留まらず、ちゃんと「田辺みのり」らしさというか、人格を与えられているところも好きです。これぞ王道女子BL。バランス感がとてもうまい。よかったです。

 

 

「ナチュラチュラリィ」市川けい

 主人公は双子の兄妹。かなが先輩の今池に放課後呼び出され、(告白だと思ったのだろう)双子の顕は呼び出しに同行する。しかし今池の目的はかなへの告白ではなく、顕へ近づくきっかけを作ることだった。予定が狂った今池はその場で顕へと告白するのであった。因みにそこで素直に告白したのは、今池の中にかなを利用しようとしているという負い目があったからだろうと思われる。実際このとき呼び出した理由については物語中盤、素直にかなへ謝っている。

 双子のふたりは仲良しのニコイチで、ずっと一緒にいる。そこに今池の存在が介入してくるストーリー。

 冒頭顕の告白を受けて、二人はかなり同性愛に差別的なことを言い合います。「ほんとにいるんだねホモって」「肉眼で確認できる日がくるとは思わなかった」「ちょっとさおもしろくない? だってホモなんだよ…?」「そりゃちょっとはおもしろいけど」などなど。見ていてつらいですが、まあこういう感覚だったりこういうことを言う人は実際いると思います。

 というやりとりを踏まえて。この二人はとても自然なこととして、可能な限りつねに一緒にいるし、なにをするのも同じだし、並んでいるときには手を繋ぐ。それはずっと幼いときから当たり前で自然なこと。でも高校生になってもそうしている二人の存在・関係は他者にとっては奇怪なものとして映り、ときに嘲笑の対象となる。そうした嘲笑にどちらかが晒されたとき、もう一人が守ろうとする。より奇妙がられるという悪循環。

 普通でないとからかいを受け続ける二人がゲイである今池に嫌悪感というほどではないながらも、差別感情を抱いていたことは、わかりやるい自然の理であると思います。ざっくりと言ってしまえば、人は誰しも被害者であるとともに加害者でもある場合が多いみたいなそういう感じです。無論(ストーリー的に)彼らの今池に対する感情は徐々に変化していきます。

 今池は常に二人でいる二人をおかしいなどとは思わないし、そういうものとして受け入れ、気にしてもいません。二人はいつでもからかいの的だけれど、それでいい、なぜなら二人は二人だけの世界でいたいから。つまり顕へ恋した上に二人のあるがままを受け入れる、今池の存在は二人だけの世界を壊す異物であり、邪魔者であるとも言える。今池は馬鹿だから(一般的には異常とも取れる)二人の関係をなんとも感じていないのだ、そう思い込むことで二人は今池の存在を取るに足りないものだと思い込もうとします。

 余談ですけどこの双子の関係はかなり双子BLっぽいですよね。余談おわり。

 今までの二人は、どちらかを好く人間が現れても、二人のあまりの仲のよさにもう一人を疎むか、おべっかを使う者ばかりだった。それなら間単にはねのけられる。けれど今池は顕に恋した上で、やはり二人を、二人の関係を気にせず、当然のものとして受け入れているのだった。あまりにも自然なこととして。(自然すぎて本人には自覚がないレベル)

 あるときついに、なぜ二人を受け入れるのか、顕は今池へと訊ねてしまう。それはかなも気にはなっていたことだが、恐らく答えを聞きたくないことでもあった。それを聞けば、今池が馬鹿だから二人の関係を気にしていなかったのではなかったことがわかってしまう。そしてそれは二人の世界に今池を受け入れることでもある。しかし二人が今池を二人の世界へ受け入れたとき、今池が一番に愛しているのは顕だけなのだ。そのとき受け入れられたまま、二人の世界は引き裂かれてしまう。むごい! でも世界の摂理です。

 今池はかなに、二人の関係もかなのことも好きだと言う。でも一番好きなのは顕なのだと謝る。これが一番むごいっつーの。でも今池は素直でやさしい人間なのだ。それが今池の自然で当然で優しさだった。

 序盤と同じく日曜映画に誘われた顕に、かなは一人で行きなと言う。そして迎えにきた今池を見て、繋いでいた手を離して一人先に道を行くのであった。完!

 ストーリー的にはちょっとさみしい感じの結末なんですが、まあ例えば今池が二人を同列に一番で愛する人間だったとしたら、二人の世界に今池を受け入れて三人で生きていくとかもできたと思うんですが、あまり現実的な話ではないんですよね。双子であれ、二人が永遠に二人きりの世界で生きていくなんて土台無理な話だと私は思います。なのでそれがむごいかはまた別として、わりと自然な成長ものと取れるのではないでしょうか。かなと顕の関係はかなり双子BLっぽいですよね(二回目)。この話もすごく熱いと思います。どうなってんだこのアンソロ。やばみしかない。

 タイトルの「ナチュラチュラリィ」というのも印象的ですね。双子にとっての自然を象徴している。でもそれは他者にとってはおかしなものに映るんでしょうね。ナチュラチュラリィからナチュラリィになり、今は二人にはそれはどうしても落ち着かない、おかしい、物足りない、寂しいものに映るのだろうけど、いずれはそれに慣れ、それが自然となるのでしょう。

 

 

「貪欲な花」西田東

 ウワーーーこの話もすごくいいですね! すごいですね!

 でもなんか特に言うことがないな!? 男二人の絶妙な関係と、強かだけどどこかとぼけているおばあちゃんとてもよいです。おばあちゃんはちょっと潔癖というか、性嫌悪っぽいですね。でもそれが嫌いなだけで、それをする人が嫌いなわけではない。かつて教師のころ見てきた子供達は誰もみなとても大切だった。そういう話かなあと思いました。出てくる子供の名前が全部違うのもまた、たくさんの子供達を相手にしてきたという彼女の人生の長さを思わせますし、BLCPとなる彼らもまた、彼女の前では大事な子供達となり得るのだと表しているように感じます。

 性嫌悪というよりアセクシャルっぽいかなとも感じました。鈴木が恋愛的・性愛的なアプローチをしてくるのだと、佐藤がおばあちゃんへ相談しているとき、彼女の中にそうした想定が一切ないので。

 

 西田さんの漫画は数冊読んだことがあるのですが、あまり言葉にならないというか、口ベタで口数の少ない男と余韻みたいなのが強いですよね。でもドタバタわいわいもあるのでバランスがいいです。この話も両者の対比がメリハリあってとてもよいです。

 人のいいところ、好ましいところといやな感じ、だめな感じなところをどちらも自然に描き出すのがうまいなあと感じました。

 

 こうさーーー女子BL! ってところで、その女子におばあちゃんを当てるっていうのが最高ですよね。そういう自由さはいつでもたくさんあるととても楽しい。そして夢小説にもそういう自由さがつねに(少ないけど)あります。BLはその点そういう自由さがかなり溢れてかつ多岐に渡るのでとても楽しいです。やはり歴史ができ数が増えて、ある程度の定型が定まってくると、その定型を逆手に取ったものが現れるものだと思います。ミステリにアンチミステリがあるように。無論型が定まる前の自由な作品が溢れている状態も好きなんですけども。でもやはり歴史ができて数が増えたら型が定まることは避けられないので、そこからどう反転したり、自由になっていくか、というのは創作においてはいつでもひとつの重要な問題なのではないかなと思います。その点夢小説は現在型はできて、これからどうするのかというところで留まって、足踏みをしている状態という感じが強いです。

 ともあれとてもよい話なんですが、よさがとにかく説明しにくいので読んでください。

 

 

「種田くんと付き合いたい」ためこう

 この作品もかなり女子BL王道感がありますね! こちらは「BL作品によく出てくるような女子」の出番とBLCPへの介入感を高めたものという感じです。

 イケメンで女子の誰もが付き合いたいと思っている種田くん、種田くんといつも一緒にいる有馬、種田くんを好きな女子の一人である高木。有馬は高木に気があり、こっそり高木の種田くんへの視線を遮ったりしているのだが、高木は有馬のことを本当になんとも思っていない。むしろ種田くんに近づくきっかけ、彼のことを詳しく知るために、倒れた有馬を介抱して保健室まで連れて行く。こういういかにも軽薄な感じがいかにもなBLに出てくるモブ女子という感じですね。(いやなんというのだろうこういうずるさは多くの人間が持ち得るものだと思うのですが、モブというのは描写量の都合上表面的な描写しかしない場合が多く、いかにも軽薄な人間に描かれやすい。「少女C」におけるC子が「小泉くんかっこいい! いい子!」だけのとりまきの一人という有象無象のひとりとなっているのも近い感覚だと思います)

 高木が自分を助けてくれたことに有馬は素直に浮かれてしまうのですが、高木はまったく有馬は眼中になく、前述の通り助けたのも種田くんに近づくためです。しかし有馬は外面のよい種田くんにリモコンローターをつけさせられてるので「種田はやめときなよ」と言います。そりゃそうだな。

 有馬の見舞いで保健室に優しくかっこいい種田くんが訪れて、高木は浮かれますが有馬的には最悪です。倒れたのもローターのスイッチを入れられたからなわけで、そんなことで高木の前で倒れたのもかなり屈辱だったことでしょう。

 倒れた有馬へ優しい言葉をかける種田くんかっこいい最高大好きと高木は浮かれますが、徐々に様子がおかしい。高木が好きなの? と問い詰められるとともに高木の前でローターのスイッチを入れられた有馬は、しかし体は完全に種田くんに屈服させられているのでめちゃめちゃ感じながら種田くんへお許しを求めるため「高木さんの事 全然好きじゃないから…!」と言わせられます。最高だけどこんなプレイに巻き込まれる高木さんが普通に可愛そうですね。だがBLとはそういうものである(場合が多い)。

 二人の秘密を知った高木は、以降ほかの女子のように「種田くんと付き合いたい!」とは思えなくなってしまう。

 この話では有馬が高木に気があるので、高木は完全なるモブではないのですが、二人の秘密をただ一人知ってしまうという構図は「少女C」に似ていますね。この二人の関係・秘密を知ってしまう、というのは女子BLのお約束だと思います。「神の道徳論的証明」もこの形ですね。

 キャラクターと近づくことの多い夢小説でもこうした「秘密を知る」的構図は多く、「神の道徳的証明」のように秘密を知ることは近づく大きなきっかけとなります。そして同時に実態を知ったが故に突き放される、避ける理由となることもあり得ます。夢小説が前者の傾向が強い一方、女子BLは後者の傾向が強いのではないでしょうか。なぜならBLCPに「二人きりの世界」を求める方は多いだろうからです。

 ほかの作品に比べると比較的短めのですが、王道のすばらしい女子BLでした。

 だから泣き顔感じ顔絶望顔のフルコンボは最高だって言っているだろうが(※絶望はそんなに顔には表れていない)。快楽にねじ伏せられるBLは最高だぜ!

 

 

「おりぼんちゃんと男の子」プルちょめ

 こちらは女子BLさ(軽薄な感じ)と夢小説さ(夢主は人気者か迫害されていることが比較的多い)がうまく取り合わされていると思います。三人で付き合うっていうの最高ですね。やったぜ

 ああ~~~~なんていうかいいですね!!! 夢主って基本的に嫌な女、女に嫌われそうな女、嫌な部分、が意図して描かれることが少なくて、私的にはそれが物足りないことも多い。そういう意味で、ミレイのような子はかなり新鮮です。あけすけだけど素直なバランスもうまい。

 そんなわけで幼馴染である翔太と陵太はミレイに告白し、三人で付き合うことになるのですが、三人で付き合うというおかしなシチュエーションに自然にさせるのもうまい。セックスが好きだけど、そのせいで女の子から嫌われてしまうことをミレイは悩んでいる。でも告白してきた二人のえっちな姿は見たい(→二人にセックスさせればええやん?)、という流れと、そう考えてこうしよ~と考えられるミレイのキャラ付けがよいですね。

 でまあ二人は幼馴染なんですが、陵太のほうは元々ミレイが好きだった翔太からミレイの話を日々聞かされるうちにミレイが好きになってしまった、という、腐女子ならまず「おまえが好きなのはミレイではなく翔太だろう?」という感じなのですが、他にも童貞だけど陵太と扱き合いとキスはしているという腐女子的にはやったぜ千パーセントな関係最高です。二人とも満更でなかったものの、まあでもやっぱ自分たちゲイじゃないしな~とそれとなくそういう関係はやめていたようなのですが、そこに落とされるミレイという核爆弾。えっちな姿が見たいなら二人がすればいいんだ! やったぜ! ミレイ天才ありがとう

 まあその陵太本当に好きなのはミレイじゃなくて翔太だろ!? と腐女子の私は言うのですが、ちゃんとミレイのことが好きなところが女子BLというよりは3P夢って感じですね。3P夢最高だぜ。円満3P最高。そんなわけで二人はミレイに煽られつつセックスします。

 セックスした二人を見て、ミレイは二人で付き合いなよ、といい考えだと言わんばかりに二人へ告げて話は終わります。円満3P夢だと喜んだのはぬか喜びでした。女子BLだ……うちのめされた……  ミレイビッチからの腐女子へ……そういう変遷もわかるんですが、意外と描かれることって少ない気がするのよいですね。ミレイは腐女子なのか? なんとなく違う気もしますが間違えてはいないと思います。熱い。

 

 

「はいはい、かわいいね」小鳩めばる

 王道女子BLかつよい少女漫画でした。展開も王道かつとても綺麗にまとまっていてよい少女漫画です。

 ゲイを好きになっちゃったけど自分は女の子だからだめなんだっていう少女漫画最強ですよね。好きです。あまり書くことがないんですがよかったです。

 

 

「玉井さん、恋と友情」志村貴子

 これもゲイを好きになった女の子の話ですやったー!

 とても女子BLだ! 構図的には、兄は(義理の)弟が好きで、弟は主人公が好きで、主人公は兄が好きという、「種田くんと付き合いたい」に近い感じなんですが、こっちはそっちほどはねつける感じはないというか、普通に同じコンビニバイト仲間として付き合っているのですが、だからこそ(兄は自分を振ったのに)手を繋いで歩く兄弟に大きな断絶感を感じるという、いいですね! 絶望オチやカタストロフ大好き! 小さな絶望から大きな絶望までなんでもおいしい!

 冒頭、主人公が兄に振られるところから始まって、弟が(付き合ってもいない兄と)手を繋いで歩いてくれるのは頼んでいるからだと兄は言うのですが、主人公は「自分のことは振ったくせに(頼みもできないような状況にしたくせに、頼んでも聞いてくれないくせに、みたいなぼんやりとしたものを含むのであろう)」と思う。兄と弟は違う人間なので考え方も違うかもしれないのですが、ひとつの短編作品としては、頼めない主人公と、頼めば手を繋いでもらえる兄ということで、兄弟の実際はできているんだろ感と女子BL感が増すという。うまい。

 

 

「わたしたちはバイプレーヤー」はらだ

 うお~~~~~~~超絶美少女とさえない地味男が入れ替わっちゃうお約束展開だ! こういう「めちゃめちゃ頑張っているので私が美少女なのは当然です」みたいなキャラ好きです。あとギャグがめちゃめちゃ冴えてる。天才か。おもしろい。すごく勢いがある。おもしろい。いい。もうめっちゃ好き。すごい好き。この人の漫画好き。

 しいて言うならCP的には左右が逆カナ~~~~~~~~~~ って感じなんですが、こう、漫画の展開的にというか画面展開的にこの左右でいいと思います。

 っていうかめっちゃメタだ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 ありがとう! ありがとう! メタ好き! メタSUKY!!!!! ありがとう!!!!!!!

 ありがとうメタオチ!!!! カタストロフ!!!!! 軽妙なテンションで次々に繰り出されるギャグ!!!!! からの絶望!!!!! そしてメタオチ!!!!! ありがとう!!! 天才!!!!!! 最高!!!! 大好き!!!!! こんな漫画描きてえ~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!!!!!

 女子BLという名を冠していますが、これはかなり「女子が主人公の」BLという感じですね。そう、これが「BL漫画」である限り、彼女の恋は実らないのである。むごい。世界はむごい。それが世界。やったぜ。最高。ありがとう。最高。

 でも私は脇川くんが犯されてるところが見たいのでなんかうまいこと理由をつけてモブに犯されて~~~~~~

 

 これをラストに持ってくる女子BL編集はあまりにも天才すぎる。「少女C」に始まり「わたしたちはバイプレーヤー」に終わる。天才。あまりにも天才。最高。ありがとう。こんなすばらしい本を作ってくれてありがとう。ありがとうリブレ。ありがとうシリカ。ありがとう。ありがとう。

 そんなわけでまとめ!!!!!!!!!

 

 

まとめ

 いろいろかきました。夢小説がさまざまな可能性に満ちているように、女子BLもまたさまざまな可能性に満ちていると思います。最高すぎるな……最高だった……いい買い物した……ありがとう……こんな外れないアンソロそうそうないよ……ありがとう……

 というかそんなに夢小説の話しなかったから最初に長々説明したのむだだったね? もうしわけない。とにもかくにもすぐ「これ夢小説」って言う夢小説マンなので……ゆるして……

 「わたしたちはバイプレーヤー」つらかった。おもしろかった。そしてそれがBL漫画における真理であるのだろうなあとも思う。でも、それが覆されてもよいのでは? 覆されなくてもよいのでは? そういう様々な可能性に満ちていました。そして夢小説でもあった。最後のページ、BL漫画を読む腐女子二人が作品について話す。「あーそれ読んだ」「私もーどうだった?」「女キャラがでしゃばっててあんまり」むごい! あまりにもむごい! そして続く「でもさーもしこの話が女子目線だったらちょっとかわいそうだなって思った」「あはは そりゃBLでメインキャラを好きになった女子は報われないでしょー」それこそがBL漫画という世界の摂理。世界は無情。かなしい。でもそうじゃないとBLがBLとして成り立たない。

 でも私は女の子がでしゃばってもいいと思うんですよね。それがなぜかと言えば私は「BL」というジャンルが好きなわけではないというか、BLがBLだから好きなのではないというか……つまりBLが好きだから作品が好きなのではなく、作品が好きだからBLを好きというか……いやこれはよくわかんないな。

 でしゃばる女の子なりオリキャラを描いたとき、それがうざくないように、読者に受け入れられるように描く、っていうのは大変難しいことだと思います。これは夢主についてもそう。それらはやはり、読者にとって大目的ではなく、場合によっては異分子です。だから読者にとってそうした存在の好感度は初めからゼロ、人によってはマイナスですらある。好感を持ってもらうことは難しい。そうしたところで、「女子BL」というのは初めから「BLに出てくる女子を目的としたもの」であって、好感度が多少底上げされるのがよいですね。そして彼女らにもでしゃばることが許される。

 そうした「BL漫画」という枠組みの中で、一人のキャラクター、あるいはモブの一人として存在して、生きて、メインとなるCP二人の世界に介入したり、介入できなかったり、萌えたり打ちのめされたり悲しんだり愛されたりされる。そうした人たちの性格や人となり、感情の機微が描かれることが美しいと感じるのだ。

 

 最高のアンソロジーだった。ありがとうリブレ。ありがとうシリカ。ありがとう作家のみなさん。ありがとう女子BL。

 

 

※勢いで書いたから誤字や読みにくいところがあったらごめん おいおい見直します

*1:名前が変換できない(名前が固定となっている)夢小説も存在します

*2:ストックホルム症候群:誘拐された被害者が、誘拐されて誘拐犯と過ごすうちに誘拐犯へ異常なほどの同情心を抱いてしまう現象。詳しくは調べてくれ。誘拐されて不安定になった精神を守るためにそういう反応をするんでしょうね。